第20卦 風地観(ふうちかん)
風地観は、『易経』六十四卦の第二十卦です。上卦は巽(そん)、下卦は坤(こん)であり、雑卦に属します。観察、覧仰、反省、教化を象徴し、風が大地の上を吹き渡り、万物をつぶさに見渡し、民情を俯瞰して察するさまを表します。その核心の要義は、 「風が地の上を行く、観(み)る、先王ここをもって省方せしめ、民を観て教えを設ける」 であり、観察と反省、民を観て教化を行い、仰いで観て俯して察し、徳をもって人を感化すること主たる事柄とします。中吉の卦であり、物事を観て象(かたち)を取り、民を観て習俗を知り、教化をもって天下を治めるという法則を明らかにしています。
卦象と卦辞
卦象
民を観て教化を設け、内に誠実さがあり外に敬意を持ち、徳をもって人を感化することを象徴する。
卦辞
観:盥(かん)して薦(すす)めず、孚(まこと)ありて顒(ぎょう)若(ごと)し。
解説: 観(かん)の卦は仰いで観、俯して察することを象徴する。祭祀の際に手を洗い清めても、供物を進めることはしない。誠実な心を抱き、恭しく荘重である。観察の道は内心の誠実と敬意に重きを置き、徳が顕れることにあると寓意している。煩わしい形式にとらわれる必要はなく、盛んな徳によって人を自然と仰がせるのです。
爻辞
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初六(しょろく): 童観(どうかん)、小人(しょうじん)は咎(とが)無(な)し、君子(くんし)は吝(りん)。
童観(どうかん)、小人(しょうじん)は咎(とが)無(な)し、君子(くんし)は吝(りん)。
解説: 子供のように浅はかな観察。小人には災いが無いが、君子には浅ましさが出る。観察が表面的で見識が浅いことが災いとならないことを戒めています。君子は明察と遠慮が必要であり、浅い見識では大業を成すことは難しい。 -
六二(ろくじ): 窺観(きかん)、女(じょ)の貞(てい)に利(よろ)し。
窺観(きかん)、女(じょ)の貞(てい)に利(よろ)し。
解説: 戸の隙間からひそかに覗き見て観察すること。女子が正しく守るのに好適である。偏って狭く、全体を見ることのできない観察を寓意し、柔弱な人にしか適さず、君子はこのようにしてはならないとしています。 -
六三(ろくさん): 我(わ)が生(しょう)を観(み)、進退(しんたい)。
我(わ)が生(しょう)を観(み)、進退(しんたい)。
解説: 自らの徳行と境遇を観察し、時勢と状況を見定めて進むか退くかを決定する。自省と自己観察を強調し、自身の状況に基づいて行動を選択し、道理に従って行います。 -
六四(ろくし): 国(くに)の光(ひかり)を観(み)、用(もち)いるに王(おう)に賓(ひん)たるに利(よろ)し。
国(くに)の光(ひかり)を観(み)、用(もち)いるに王(おう)に賓(ひん)たるに利(よろ)し。
解説: 国の礼楽や盛大な徳の輝きを観察する。賓客として君王を輔佐(補佐)するのに適している。国の大勢を見抜き、卓越した見識を持つことを寓意し、朝堂に身を置き、聡明な主君を補佐することができるとしています。 -
九五(きゅうご): 我(わ)が生(しょう)を観(み)、君子(くんし)は咎(とが)無(な)し。
我(わ)が生(しょう)を観(み)、君子(くんし)は咎(とが)無(な)し。
解説: 君主が自らの徳を反省し、民情を体察する。君子は災い無し。尊い地位にある者が自らを観て徳を修め、民衆を慰撫し、行動が道理に合っていれば過ちはないとしています。 -
上九(じょうきゅう): 其(そ)の生(しょう)を観(み)、君子(くんし)は咎(とが)無(な)し。
其(そ)の生(しょう)を観(み)、君子(くんし)は咎(とが)無(な)し。
解説: 他人の言行や徳行を観察し、自らを省みる。君子は災い無し。人を観察し世事を見渡し、賢人を見て己を等しからしめようとし、非賢人を見ては内心を反省することと寓意しています。世事を明察すれば過ちはないのです。
核心の象意
観(かん)の卦は、上卦の巽(そん)が風・行を表し、下卦の坤(こん)が地・順を表します。風が大地の上を吹き渡り、四方を遍く巡り、万物をつぶさに見察する象です。これにより、君主が四方を巡省して民の俗(習俗)を観察し、教化を施行し、民衆が盛んな徳を仰ぎ見て心から従う様を象徴しています。これは人事において、観察と吟味、自己反省、民情の調査、見学や観摩に相当し、静かに観て深く思いを巡らすこと、民を観て教化を設けること、徳をもって人に示すこと、虚飾を重んじないことを主な内容とします。同時に、観察が浅はかで狭量であってはならず、遠大な見識と明察、己を観て人を観ることを求めています。
観卦の六爻は、観察の道をめぐって展開します。
- 初六(しょろく) 浅はかな「童観(どうかん)」、君子は浅まし。
- 六二(ろくじ) 偏狭な「窺観(きかん)」、女子にだけ適宜。
- 六三(ろくさん) 「我(わ)が生(しょう)」を観察し、身を省み、時勢を見て進退を定める。
- 六四(ろくし) 「国(くに)の光」を観察し、君主を輔佐(補佐)する。
- 九五(きゅうご) 自らの徳を反省し、民を安んじて過ち無し。
- 上九(じょうきゅう) 他人を観察し世事を鑑察して、君子に災い無し。
全体の核心は、 明察して深く考え、民を観て教化を設け、自ら省みて徳を修める ことにあります。
万物の類象
- 卦の性: 雑卦、上順であり下も順、風が地上を行き四方を遍く観る
- 五行: 木土(巽は木に属し、坤は土に属す)
- 方位: 南東と南西
- 時序: 夏から秋への移り変わりの頃、風が大地を吹き渡り、万物をつぶさに観察する時
- 人物: 君王、使者、観察者、教化者、自省する士人(知識人)、賓客
- 身体: 肝・胆、脾・胃、耳・目。聴覚・視覚が明快で、心知が澄み渡ることを主る
- 動物: 飛鳥、風禽(風に関わる鳥)、牛、温順な獣
- 器物: 儀仗(行列時の道具)、文徳(学問や徳)の器、観覧(見るための)道具
- 場所: 邦国(国)、郊野(野原)、学堂(学び舎)、観瞻の地(眺めの良い場所)、南東の風地(風の吹く土地)
- 人事: 観察と吟味、民情の調査、自己反省、観摩(手本を見て学ぶ)と学習、万民を教化する
- 色彩: 青、黄、緑
- 五味: 酸っぱい、甘い
- 数目: 四、八、五
古籍原文
卦辞爻辞
風地観: 観:盥(かん)して薦(すす)めず、孚(まこと)ありて顒(ぎょう)若(ごと)し。 初六: 童観(どうかん)、小人(しょうじん)は咎(とが)無(な)し、君子(くんし)は吝(りん)。 六二: 窺観(きかん)、女(じょ)の貞(てい)に利(よろ)し。 六三: 我(わ)が生(しょう)を観(み)、進退(しんたい)。 六四: 国(くに)の光(ひかり)を観(み)、用(もち)いるに王(おう)に賓(ひん)たるに利(よろ)し。 九五: 我(わ)が生(しょう)を観(み)、君子(くんし)は咎(とが)無(な)し。 上九: 其(そ)の生(しょう)を観(み)、君子(くんし)は咎(とが)無(な)し。
彖伝
《彖》曰:大観(だいかん)上に在り、順にして巽(そん)なり、中正以て天下を観(み)る。観(かん)、盥(かん)して薦(すす)めず、孚(まこと)ありて顒(ぎょう)若(ごと)し、下観して化(か)するなり。天の神道(しんどう)を観(み)、して四時(しじ)忒(あやま)らず、聖人神道(しんどう)をもって教えを設けて、天下服せん。
解説: 宏大な観察の道が上位にあり、民情に順応し、行動は謙虚である。中正の徳を持って天下を俯瞰して見察する。「観(かん)」の卦は、祭祀の際に自らを清めても供物を献げず、誠実な心と恭敬さを持ち人を仰がせるのは、民衆が盛んな徳を仰ぎ見て感化を受けるからだというのです。天の神妙なる運営法則を観察すれば、四季の運行に間違いはない。聖人はこの天道にもとづいて教化を設けるので、天下の民衆すべてが心服するのです。
象伝
《象》曰:風(かぜ)地(ち)上(うえ)を行(ぎょう)ず、観(かん)。先王(せんのう)方(ほう)を省み、民(たみ)を観(み)て教えを設(もう)く。
解説: 風が大地の上を吹き渡り、四方を遍く巡る。これが観(かん)の卦の形象である。古代の王者はこの象に倣い、四方の邦国を巡省し、民の習俗や感情を観察して、適切な教化を設けた。
《象》曰:
- 童観(どうかん)、小人(しょうじん)の道なり。
- 窺観(きかん)、女(じょ)の貞(てい)、亦(また)丑(わろ)しきなり。
- 我(わ)が生(しょう)を観(み)て進退(しんたい)す、未(いま)だ道(どう)を失(うしな)わざるなり。
- 国(くに)の光(ひかり)を観(み)る、尚(とうと)ぶに賓(ひん)とす。
- 我(わ)が生(しょう)を観(み)る、民(たみ)を観(み)るなり。
- 其(そ)の生(しょう)を観(み)る、志(こころざし)未(いま)だ平(たい)らかならざるなり。
解説: 子供のような浅見は、小人の処世の道である。 偏狭に覗き見る観察は、女子には適していても、君子にとっては恥となる。 自らを省みて進退を決定することは、正道から離れていない。 国の栄光を観察するのは、君主が賢良なる賓客を尊ぶことである。 自らの徳を反省することは、民の情と苦しみを体察することでもある。 人を観察し世事を鑑察することは、心の志向がまだ修練を必要とし、完全な平和に至っていないということである。
よくある質問
観(かん)の卦は主として吉か凶か?
答: 観卦は中吉の卦です。明察して深く考え、自ら省みて徳を修め、民を観て教化を設ける場合は吉となります。浅はかな見解で覗き見るようにして観察し、偏狭で無知である場合は吝(恥)となって不吉となります。全体的には、静かに観察し明察し、徳をもって人を感化することを主とします。
観卦の「盥(かん)して薦(すす)めず」とはどういう意味ですか?
答: 祭祀の際に手を洗い清め、誠実な心と恭敬さを持つが、供物を進めることはしないことを指します。これは観察の道が、内面の誠実さと顕れる徳に重きを置き、外面の形式にあるのではないことを寓意しています。盛大な徳によって人を自然と仰がせるのです。
観卦はどのような状況に適しますか?
答: 視察や研究、自己反省、観摩(手本を見て学ぶ)と学習、万民を教化すること、民情を体察するといった観察の類の状況に適しています。表面的な理解でとどまったり、偏狭な思い込みや、行き当たりばったりの行動には向きません。
事業を尋ねて観卦を得たら、どのような啓示がありますか?
答: 静かに状況を観察し、実情を調査し、自己反省して徳を修めることが好ましいです。六四「国(くに)の光(ひかり)を観(み)る」は君主を輔佐する最も吉なる道であり、六三は「時勢を見定めて進退」し、初六・六二は浅はかな見解や偏狭さを戒めています。全体を明察してから行動する必要があります。
観卦と臨卦の違いは何ですか?
答: 臨卦は「沢(さわ)上に地(ち)あり」で、自ら進んで臨んで民を治め、導き教化することを主動的な親臨治民とし、行動と施政を主とします。観卦は「風が地の上を行く」で、受け身に民情を俯瞰し観察し、徳を示して人に感銘を与えることを、受動的な俯察民情とし、観察と吟味を主とします。二者は互いに綜卦(相互に線を反転した卦)の関係にあります。一つは臨し、一つは観る。一つは施し、一つは察する。これらは国を治め世事に処するための完全な体系を構成しているのです。